歯を失ったとき、患者さんが最初に気にされるのは「見た目」や「その場所で噛めるか」ではないでしょうか。
しかし、奥歯を失った影響は、その部分だけにとどまりません。噛みにくい食品を避ける、食事に時間がかかる、飲み込みに不安を感じるといった変化が重なると、お口全体の機能や食生活にも影響することがあります。
近年は、噛む力や舌の動き、飲み込む機能などが少しずつ低下した状態を「オーラルフレイル」や「口腔機能低下」として捉え、早い段階から確認することが重視されています。
では、失った奥歯をインプラントで回復することは、フレイルの予防につながるのでしょうか。
結論からお伝えすると、インプラント治療だけで全身のフレイルを予防できると証明されているわけではありません。 一方で、固定式の歯で奥歯の噛み合わせを回復することが、噛む力や咀嚼機能を保つうえで役立つ可能性を示す研究は報告されています。
そもそもフレイル、オーラルフレイルとは
フレイルとは、年齢とともに心身の働きが低下し、健康な状態と介護が必要な状態の間にある段階を指します。
オーラルフレイルは、歯の本数だけで判断するものではありません。噛みにくさ、飲み込みにくさ、舌の動き、滑舌、口の乾燥など、お口の小さな衰えが重なった状態です。
近年の系統的レビューでは、歯が少ないこと、噛みにくさ、嚥下の困難などの口腔の問題と、身体的フレイルとの間に関連が報告されています。ただし、多くは観察研究であり、「お口の問題がフレイルの直接の原因である」と因果関係まで確定したものではありません。
大切なのは、歯の本数だけを見るのではなく、実際に何を食べられるか、左右で噛めるか、舌や飲み込みの機能が保たれているかまで確認することです。
歯の本数と、実際のお口の機能は必ずしも一致しません
当院では、50歳以上の患者さんを対象に、保険診療で定められた基準に基づいて口腔機能を確認しています。
実際に検査をすると、歯が少なくても噛む力や舌の機能が保たれている方がいる一方で、歯が多く残っていても、噛む力、食べ物を細かくする能力、舌の動きなどに複数の問題が見つかる方もいます。
見た目には歯がそろっていても、噛み合わせが安定していない、左右のどちらかしか使えていない、噛む力が十分に発揮できていないことがあります。反対に、歯を失っていても、残っている歯や補綴物を上手に使い、口腔機能を保っている方もいます。
そのため当院では、歯の本数や見た目だけで「よく噛めている」と判断しません。噛む力、舌の力、食べ物を細かくする能力、飲み込む機能などを実際に調べ、現在の状態と今後必要な対応を考えます。
この検査は、インプラントを勧めるために行うものではありません。天然歯、インプラント、ブリッジ、義歯のいずれであっても、その方のお口が実際にどのように機能しているかを確認するためのものです。
奥歯をすべて補わなくても、機能を保てる方がいます
奥歯を失った歯列を、必ずしも元と同じ長さまで補わず、前歯と小臼歯を中心に必要な機能を確保する考え方を「短縮歯列」といいます。
この考え方で大切なのは、「失った奥歯をそのままにしてよい」と一律に判断することではありません。残っている歯の位置、左右の噛み合わせ、何か所で上下の歯が接触しているか、実際の噛む力や咀嚼機能、患者さんが食事で困っているかを確認し、補うことで得られる利益を考えます。
これまでに行われた複数の研究では、条件を選べば、すべての奥歯を部分入れ歯で補わなくても、口腔機能や患者さんが感じる生活の質を保てる治療方針になり得ることが示されています。
日本人の高齢者を2年間調べた研究では、奥歯が少ない方は、すべての奥歯がそろっている方より、最初の検査時点では噛む力や食べ物を細かくする力が低いという結果でした。一方、その後2年間で機能が低下する速さには、明らかな違いがありませんでした。
つまり、奥歯が少ないからといって、全員の機能が急速に低下するわけではありません。現在どの程度噛めているか、食事で困っているかを実際に確認して、治療の必要性を判断することが大切です。
つまり、歯が少なくても必要な機能を保てている方がいる一方で、奥歯の支えが少ないために噛む力や食べ物を細かくする能力が低下している方もいます。歯の本数だけで、インプラントや義歯が必要かどうかを決めることはできません。
当院では、特に最も奥の第二大臼歯を1本失っただけで、残った歯で左右とも安定して噛めており、口腔機能にも困りごとがない場合は、すぐにインプラントを勧めないことがあります。反対に、第一大臼歯を失っている、左右の咬合支持が不足している、実際の検査で咀嚼機能が低下している、食べられる物が減っている場合には、欠損を補う意義が大きくなります。
フレイルとの関係でも重要なのは、歯の数をそろえること自体ではなく、その方が必要な食品を無理なく食べられ、お口の機能を使い続けられる状態をつくることです。
奥歯をインプラントで回復した人と部分入れ歯を使用した人を比較した研究
2024年に発表された国内の多施設共同研究では、左右の奥歯を失った患者さんを対象に、次の3群の口腔機能などを比較しています。
| 比較したグループ | 状態・治療法 |
|---|---|
| 天然歯群 | 天然歯による奥歯の噛み合わせが保たれている |
| 部分入れ歯群 | 取り外し式の部分入れ歯で奥歯を補っている |
| インプラント固定式補綴群 | インプラントを支えとした固定式の歯で奥歯を補っている |
この研究では、部分入れ歯を使用している方は、インプラントで固定式の歯を入れた方と比べて、噛む力や食べ物を細かくする力、飲み込む機能などに問題が見つかる割合が高いという結果でした。お口の清掃状態や、食事・会話を含む生活のしやすさにも違いが認められています。
主に違いが認められたのは、次のような項目です。
- 噛む力と、食べ物を細かくする力
- 飲み込む機能
- お口の清掃状態
- 食事や会話を含む生活のしやすさ
- お口の機能低下に関する症状
ただし、この研究は、それぞれの治療を受けた方の「現在の状態」を比べたものです。部分入れ歯からインプラントへ変更すれば、全員の機能が同じように改善することを証明した研究ではありません。
また、年齢、全身状態、残っている歯、生活習慣なども結果に影響します。この研究から分かるのは、治療法の名前だけで判断せず、治療後に実際に噛めているか、食べられる物が減っていないかまで確認することが大切だということです。
固定式の歯が口腔機能を支えやすい理由
インプラントは顎の骨に固定されるため、取り外し式の義歯と比べて、食事中の動きや沈み込みを抑えやすい治療です。左右の奥歯で安定して噛める状態をつくることで、硬さのある食品も選択しやすくなり、噛む力を使う機会を保ちやすくなります。
また、欠損部へ噛む力が伝わることは、使われないことで起こる骨の廃用性萎縮を抑えるうえでも有利に働くと考えられます。
一方で、インプラントにも手術、費用、治療期間、清掃管理が必要です。全身状態や骨の状態によっては、義歯の方が負担の少ない選択になる場合もあります。治療法は、噛む力だけでなく、清掃性、残っている歯、生活環境、通院や自己管理の可能性まで含めて選ぶ必要があります。
「歯を入れたら終わり」ではありません
固定式の歯を入れても、柔らかい物だけを選ぶ生活が続けば、噛む機能を十分に使えないことがあります。また、舌の動きや飲み込み、口腔乾燥などは、インプラントだけで解決する問題ではありません。
当院では、インプラントを埋入すること自体を治療のゴールとは考えていません。
治療前に残っている歯、噛み合わせ、噛む力、清掃状態、顎や筋肉の状態を確認し、治療後も次の点を継続して確認します。
- 左右で安定して噛めているか
- インプラントや残っている歯へ力が偏っていないか
- 清掃しやすい形になっているか
- 食べられる物の幅が狭くなっていないか
- 必要なメインテナンスを継続できているか
強い歯ぎしり・食いしばりがある方では、噛み合わせの調整やナイトガードなども組み合わせ、インプラントだけでなく残っている歯を含めて管理します。
インプラント・入れ歯・ブリッジは、価格だけでは選べません
歯を失ったときの主な治療には、インプラント、ブリッジ、義歯があります。また、現在の機能が保たれている場合は、すぐに補わず経過を確認することも選択肢です。それぞれに役割があり、どの方法が適切かは患者さんによって異なります。
| 治療法 | 主な特徴 | 確認したいこと |
|---|---|---|
| インプラント | 周囲の歯に大きく頼らず、固定式の歯をつくれる | 手術の可否、骨・歯肉、清掃性 |
| ブリッジ | 固定式で、比較的短い期間で歯を補える | 支台歯を削る量、支台歯の予後、清掃性 |
| 義歯 | 外科処置を避けやすく、広い欠損にも対応しやすい | 動き、違和感、支持、見た目、発音、調整と管理 |
| 経過観察 | 欠損をすぐには補わず、現在の機能と歯列の変化を確認する | 咬合支持、実際の咀嚼機能、対合歯の移動、将来の治療可能性 |
当院では、単に「インプラントができるか」ではなく、残っている歯を含めたお口全体が、これからどのように機能するかを診断して治療計画を作成します。
当院が目指すのは、これからも食事を楽しめる状態です
歯を失った部分を補う目的は、人工物を入れることではありません。患者さんがこれからも食事を楽しみ、必要な栄養を取り、お口を使い続けられる状態をつくることです。
インプラントは、そのための有力な選択肢の一つです。しかし、治療法だけで結果が決まるわけではありません。診断、噛み合わせ、清掃しやすい形、治療後のメインテナンスまでを一つの工程として考えることが大切です。
奥歯を失って噛みにくい、義歯が動いて食べにくい、今後のお口の機能が心配という方は、現在のお口の状態と生活に合う方法を一緒に検討しましょう。
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参考文献
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医療広告上の補足
インプラント治療は自由診療です。手術に伴う痛み・腫れ・出血・感染、神経や血管の損傷、上顎洞への影響、インプラント周囲炎、上部構造の破損などのリスクがあります。適応、治療期間、費用は欠損範囲、骨・歯肉、噛み合わせ、全身状態によって異なります。診査後に個別の治療計画と見積りをご説明します。