「しっかり噛めるようになりたい」「見た目もきれいにしたい」と来院された50代男性の症例です。
初診時は重度の歯周炎により、すべての歯にぐらつきがみられました。検査と仮歯による確認を重ね、上顎には取り外し式のチタン床総義歯、下顎には4本のインプラントで固定式の歯全体を支えるAll-on-4を選択しました。


この症例のポイント:上下とも歯を失う状態でしたが、上下を同じ治療法にはしませんでした。仮歯で実際の噛み合わせと上顎義歯への適応を確認し、上顎は総義歯、下顎のみAll-on-4としました。
症例の概要:50代男性/重度歯周炎(ステージIV・グレードC)/上顎チタン床総義歯/下顎All-on-4/全治療期間約12か月・通院約20回/最終修復後1年経過
治療結果、期間、費用、適応は、口腔内や全身の状態、治療内容によって異なります。
手術まで――仮歯を使って診断を確かめる
初診時の状態
上下の歯ぐきに歯周炎が進行し、歯を支える組織が大きく失われていました。上顎前歯にはすき間が生じ、下顎のブリッジには多くの歯石が付着していました。残っている歯を今後も使えるか、噛み合わせや清掃のしやすさまで含めて検討し、十分に説明・相談したうえで、すべての歯を抜く計画としました。


治療後の歯並びを先に設計
口腔内写真、歯ぐきの検査、CT、口腔内スキャン、顔のスキャンなどを用い、骨や神経だけでなく、最終的な歯の位置、顎の位置、噛み合わせ、見た目、発音まで検討しました。下顎左側では神経が計画部位に近かったため、インプラントの位置と角度を慎重に設計する必要がありました。

約2か月、最初の仮歯で検証
診断用ワックスアップから上下の1stプロビジョナル(最初の仮歯・治療用義歯)を作製しました。上顎は残っていた歯をすべて抜き、下顎は仮歯の固定に使用できる歯だけを一時的に残して装着しました。
なぜ治療初期に上下とも取り外し式の義歯にしなかったのか
患者さんには入れ歯を使用した経験がありませんでした。治療初期に上下の歯を同時にすべて抜き、上下とも取り外し式の義歯にすると、口の中の環境が一度に大きく変わり、慣れるまで食事や会話など日常生活への負担が大きくなる可能性があると考えました。
そのため本症例では、上顎は残っていた歯を抜いて治療用義歯を装着し、下顎は仮歯を固定するために使用できる歯を一時的に残しました。下顎を固定式の仮歯とすることで、噛む機能を保ちながら、上顎義歯への適応、顎の位置、噛み合わせを段階的に確認しました。
当院では、最終的に抜歯が必要と診断した歯であっても、仮歯を安全に固定できる場合には、診断期間中に限って活用することがあります。仮歯を口腔内で実際に機能させながら診断を進め、その結果を下顎All-on-4の手術計画へ反映しました。
なお、歯の状態や感染の程度によっては、この方法を選択できない場合があります。
約2か月使用していただき、上顎の抜歯後の粘膜が治る過程を確認しながら、前歯の見え方、顎の位置、噛み合わせ、発音、上顎義歯への慣れを確かめました。結果として、下顎は当初設定した噛み合わせよりやや右後方の位置で安定しました。この位置を基準に、その後の治療計画を修正しました。



なぜ上顎にはインプラントを入れなかったのか
上顎についても、インプラントを入れる位置のシミュレーションまで完了し、必要であれば手術へ進められる準備をしていました。しかし、1stプロビジョナルを約2か月使用し、上顎総義歯の安定性と患者さんの適応を確認できたため、上顎にはインプラントを入れない選択としました。
上顎は最初の仮歯で入れ歯への適応と安定を確認できたため、インプラント手術を追加せず、チタン床総義歯を選びました。口蓋を覆う部分にチタンを使うことで、樹脂だけの入れ歯より薄く作りやすく、たわみを抑えやすくなります。本症例では下顎のジルコニア製の歯との噛み合わせを考え、上顎にもカスタムのジルコニア人工歯を使用しました。
下顎は骨量と骨質、神経の位置、患者さんの固定式への希望を踏まえ、4本のインプラントで歯全体を支えるAll-on-4を選びました。治療方法は年齢、骨量、清掃能力、外科手術への希望、費用などによって異なります。
上下顎ともインプラントで支える固定式の歯を選択した症例については、「上下顎各4本のStraumann Pro Arch症例」でご紹介しています。
なぜ下顎は4本支持にしたのか
All-on-6や通常の多数本インプラントも選択肢になります。本症例では、最終的な歯の位置から逆算して骨量・骨質と神経の位置を確認したところ、適切な位置に配置した4本で固定式の歯全体を支えられると判断しました。
インプラントの本数を増やすことによる外科的負担と費用も考慮し、必要以上に本数を増やさず、4本支持を選択しました。
最終的な歯から逆算した手術計画
仮歯で確認した歯の位置を基準に、4本のインプラントの位置を設計しました。固定用のねじ穴が出る位置は、最終修復物のジルコニアの強度と形に影響するため、特に重要です。
手術では、計画した位置・角度・深さへインプラントを入れるためのガイドを使用しました。ガイドを固定するアンカーピン、インプラントを入れるガイド、手術当日に装着する仮歯を、同じ基準位置で使用できるように設計しました。ガイドは誤差をなくすものではなく、計画からのずれを抑えるための補助装置です。


手術後――仮歯で確認してから最終修復へ
インプラント埋入と手術当日の固定式仮歯
下顎の残っていた歯を抜くのと同時に、4本のインプラントを入れました。手術時に十分な安定を確認できたため、4本をつないだ固定式の仮歯を当日に装着しました。このように手術後すぐに仮歯を装着して使い始める方法を「即時荷重」といいます。
All-on-4であっても、必ず手術当日に固定式仮歯を装着できるわけではありません。手術直後の安定や骨の状態が十分でない場合は、治癒を優先して装着を遅らせます。



2段階目の仮歯で機能・見た目・清掃性を確認
インプラントが骨と結合したことを確認した後、完成する歯に近い2段階目の仮歯へ交換しました。噛みやすさ、見た目、清掃のしやすさを確認し、仮歯の裏側に付いた汚れを染め出して、汚れがたまりやすい部分と歯ぐきへの当たり方を確認しました。
清掃方法は治療法によって異なります。本症例では、選択した治療法と実際の清掃状態に合わせて、補綴物の形を調整し、清掃方法をご案内しました。


顎の位置を最終確認
最終的な歯を作る前に、ゴシックアーチという検査で、下顎が自然に落ち着く位置と動き方を確認しました。確認した位置を3Dデータ化し、口腔内スキャンや仮歯などのデータと組み合わせました。

最終修復物
下顎は4本のインプラントへねじで固定するジルコニア製の歯、上顎はチタン床総義歯です。上下を同時期に完成させ、仮歯で確認した顎の位置と噛み合わせを再現できるようにしました。




治療結果と1年経過
最終修復から1年後の診察では、上顎の入れ歯、下顎のAll-on-4、顎の位置、噛み合わせ、清掃状態に、追加治療が必要となる問題は確認されていません。現時点で合併症、補綴物の修理、追加治療はありません。これは将来にわたる結果を保証するものではなく、現在も3か月ごとの清掃と噛み合わせの確認を続けています。
治療期間・通院回数・現在の参考費用
| 初診から診断・計画決定まで | 約2か月 |
|---|---|
| 1stプロビジョナルによる検証 | 約2か月 |
| 下顎手術から最終修復物まで | 約8か月 |
| 全治療期間 | 約12か月 |
| 通院回数 | 約20回 |
| 経過観察 | 最終修復後1年 |
現在の料金設定による参考総額(税込)
本症例の治療は自由診療です。
| 下顎All-on-4標準総額 | 3,135,000円 |
|---|---|
| 上顎の1stプロビジョナル | 165,000円 |
| 上顎チタン床総義歯 | 385,000円 |
| カスタムジルコニア人工歯 | 275,000円(250,000円+消費税) |
| 合計 | 3,960,000円 |
下顎All-on-4標準総額には、全顎診断、下顎の1stプロビジョナル、インプラント4本、ガイドを用いた手術、症例に応じた即時プロビジョナル、アバットメント、ジルコニア最終修復物、通常の調整などが含まれます。本症例では骨造成や軟組織処置などの追加費用はありませんでした。実際の費用は診断結果、治療範囲、追加処置の有無によって異なります。
主なリスク・副作用・限界
- 抜歯やインプラント手術後に、痛み、腫れ、出血、感染が生じることがあります。
- 下顎の手術では、神経の損傷や一時的・永続的な知覚異常が生じる可能性があります。
- インプラントが骨と結合しない、または治療後に脱落する可能性があります。
- 即時荷重を計画しても、治癒状態によって仮歯の変更や装着時期の見直しが必要になることがあります。
- 仮歯や最終修復物には、破損、摩耗、ねじの緩み・破折などが生じることがあります。
- 清掃不良などにより、インプラント周囲粘膜炎・インプラント周囲炎が生じる可能性があります。
- 上顎総義歯には、痛み、外れ、違和感、発音や咀嚼への適応、調整・修理が必要になる可能性があります。
- 治療後もセルフケアと定期的なメインテナンスが必要です。
同じようなお悩みの方へ
多くの歯を失った場合や、歯周炎で多くの歯を残すことが難しい場合でも、治療法は一つではありません。総義歯、インプラントオーバーデンチャー、All-on-4・All-on-6などには、それぞれ適応、負担、限界があります。
本症例では、仮歯で上顎の入れ歯への適応と顎の位置を確かめたことで、上顎へのインプラント手術を追加せず、下顎のみを固定式とする組み合わせを選択できました。大切なのは治療法の名前を先に決めることではなく、口腔内の状態、生活上の希望、清掃、外科的負担、費用に合う計画を立てることです。